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JR九州管内の列車と山陽・東海道新幹線(博多〜東京)の電車予約ができます。 電車予約が、はじめての方は… 「JR九州Web会員」への登録とクレジットカードの登録が必要です。 携帯電話からも電車予約ができます お電話にてオペレーターが電車予約(きっぷのご予約・ご相談)を承ります。 JR九州ねっと JR西日本でパソコン・携帯から電車予約するJR西日本ではパソコン・携帯から電車予約ができます。 電車予約に便利にな、J-WESTネット会員にご登録いただくと、JRおでかけネットの予約サービス、会員コンテンツや、メールマガジン配信サービスなどがご利用していただく事が出来、とても便利、しかも情報満載です。電車予約に便利な、J-WESTネット会員になるとこんなに便利です! その1 新幹線や特急をカンタン予約! 変更も自由自在です。 「e5489plus」で山陽新幹線やJR西日本エリアの主な特急列車が、携帯やパソコンから簡単に予約でき、発車直前まで手数料なしで変更できます! その2 インターネット割引できっぷが買える! 東海道・山陽新幹線と トワイライトエクスプレスとはトワイライトエクスプレスは、JR西日本(西日本旅客鉄道)が近畿地方・北陸地方から北海道道央間で運行する臨時寝台特急列車です。 トワイライトエクスプレスは、20時間以上の時間をただ移動するために乗るのではなく、旅の時間を楽しめ、乗った時から旅が始まる、という事をコンセプトとしています。そのため、トワイライトエクスプレスは、豪華な設備・クオリティの高いサービスを提供するために登場したといっても過言ではありません。 トワイライトエクスプレスのコンセプトを明確にしている言葉としては、「夕日の沈む黄昏の日本海、そして北陸路、越後路を眺めながら、豪華でゴージャスな一夜を過ごす。目覚めればそこは北の大地・北 トワイライトエクスプレスの詳細トワイライトエクスプレスの外観は、かつての寝台列車「ブルートレイン」のイメージを新たにすべく、全車両は、ダークグリーンで配色され、サイド部分には、ゴールドにシルバーの縁取りの帯が配されています。 トワイライトエクスプレスの下り列車の走行距離は、1,495.7kmで、21時間4分かけて運行されています。上り列車の方の走行距離は、1,508.5kmあり、22時間47分かけて運行されています。トワイライトエクスプレスは、日本一の長距離旅客列車であるといえます(但し、定期列車での最長記録は「はやぶさ」の1,315km)。 トワイライトエクスプレスの登場は、1989年7月21日に団体専用列車として運行を トワイライトエクスプレスの予約トワイライトエクスプレスの予約は、近くのJRまたはJTBなどの旅行会社窓口で可能です。ただし、全国の発売個所から一斉に予約がされますので、希望日時のチケットを抑えることは至難の業とのことです。 トワイライトエクスプレスのチケットを予約は、みどりの窓口でできますが、100%予約できる保証はありません。その理由は、大きな駅の場合、窓口が混雑するため、発売日の10:00にすぐに対応できない事があるためです。みどりの窓口でトワイライトエクスプレスの予約をするときにオススメの方法としては、利用客の少なそうな、あまり特急などが関係なさそうな小さな駅で、窓口が2〜3箇所のところを選ぶのがよいでしょう。 阪急電鉄株式会社(はんきゅうでんてつ、英称 Hankyu Corporation)は、大阪梅田と神戸・宝塚・京都を結ぶ大手私鉄。阪急阪神ホールディングスの子会社で、阪急阪神東宝グループに属する。 本社事務所は大阪府大阪市北区にあるが、登記上の本店所在地は大阪府池田市栄町1番1号である。平均利用者数195万人/日、営業キロ146.6kmに及ぶ、大手私鉄の一つである。また、女性のみで構成される劇団「宝塚歌劇団」を運営していることでも知られる。 スルッとKANSAIでカードに印字される符号はHKである。 目次 [非表示] 1 歴史 1.1 年表 2 路線 3 車両 3.1 現役車両 3.1.1 神戸線・宝塚線 3.1.2 京都線 3.1.3 事業用 3.2 過去の車両 3.2.1 神戸線・宝塚線 3.2.2 京都線 3.3 乗り入れ車両 3.4 過去の乗り入れ車両 4 運賃 5 提携など 6 特記事項 7 鉄道模型 8 関連会社 9 関連項目 10 外部リンク [編集] 歴史 1907年に設立された箕面有馬電気軌道が、1910年3月10日に現在の宝塚本線・箕面線にあたる梅田〜宝塚、石橋〜箕面を開業したのが始まり。創業者の小林一三は経営安定のため沿線開発に力を入れ、住宅地分譲、宝塚新温泉、宝塚唱歌隊(後の少女歌劇団、現在の宝塚歌劇団)などの事業を多角的に展開した。 続いて阪神間の輸送に参入。1918年、社名を阪神急行電鉄に改称。現在まで続く略称の「阪急」はこれに由来する(後、正式社名にも採用される)。阪神間に参入したことで、以後既に阪神間で都市間連絡電車を営業していた阪神電気鉄道とは激しく争うライバル関係となった。1920年に神戸本線十三〜神戸(後の上筒井)間を開業し、1936年には神戸市内の三宮へ高架線で乗り入れた。 なお、「電鉄」という語は、「電気鉄道」という語を商号に使用することに、鉄道省があくまで軌道法準拠の「電気軌道」である事を根拠として難色を示したことから、対策として小林一三が考え出した語で、以後軌道法監督下の各社が高速電気鉄道への脱皮を図る際に有効活用されることとなった。 1943年、戦時企業統合政策(陸上交通事業調整法)により京阪電気鉄道を合併、京阪神急行電鉄となる(この経緯についてはここの記事も参照)。なお、このとき「阪急」と「京阪」の略称は公式には使用されなくなり「京阪神(急行)」とされたが、世間には定着せず、大阪市電の電停名でも「阪急阪神前」(梅田)・「京阪前」(天満橋)・「京阪神急行前」(天六)などと、混合して用いられていたといわれている。 戦後の1949年に京阪線・交野線・宇治線・京津線・石山坂本線が京阪電気鉄道として再分離。旧:京阪の路線である新京阪線は阪急に残存し、京都本線・千里山線(後に千里線と改称)・十三線(後に京都本線へ編入)・嵐山線となった。この時、略称も「京阪神」から「阪急」へ戻している。 1959年、梅田〜十三間が3複線化され、京都本線のターミナルが天神橋駅(現・天神橋筋六丁目駅)から梅田駅になる。 1973年、阪急電鉄に社名変更。1992年、後にスルッとKANSAIへ発展するラガールカードによるストアードフェアシステム「ラガールスルー」を開始する。 しかし、バブル崩壊で茶屋町地区などの再開発事業の失敗による巨額の損失を蒙った。追い討ちをかけるように、1995年1月17日の阪神・淡路大震災では、神戸本線・伊丹線・今津(北)線などが甚大な被害を受けたが、同年6月12日にほぼ全線が復旧、1998年には伊丹駅も再建された。 震災以降も、長引く消費不況やJR西日本などとの激しい競合、少子化などの影響により輸送人員は減少。不動産・ホテル事業の再編や、宝塚新温泉以来90年以上の歴史を持つ遊園地「宝塚ファミリーランド」の閉園、ポートアイランドにあった「神戸ポートピアランド」からの事業撤退(その後暫くは神戸市の手で運営を継続ののち、2006年閉園)など、グループ事業の再編が進められる。その集大成として、2005年4月1日に、旧・阪急電鉄から鉄道、不動産、レジャー、流通の4事業を分割承継する新・阪急電鉄(阪急電鉄分割準備(株)から商号変更)と、ホテル経営を統括する阪急ホテルマネジメント、旅行業の阪急交通社の直営事業会社2社の合わせて3社に再編し、旧・阪急電鉄は持株会社阪急ホールディングス(現・阪急阪神ホールディングス)に移行した。 2007年10月19日には創業100年を迎える。 [編集] 年表 1906年(明治39年)1月15日 箕面有馬電気鉄道創立発起人会設立。 1907年(明治40年)6月1日 箕面有馬電気軌道に社名変更。 1907年(明治40年)10月19日 箕面有馬電気軌道創立総会。 1909年(明治42年)9月25日 新淀川橋梁が竣工。 1910年(明治43年)3月10日 宝塚本線梅田〜宝塚間、箕面線石橋〜箕面間が開業。 1911年(明治44年)5月1日 宝塚新温泉(後の宝塚ファミリーランド)が開業。 1913年(大正2年)7月1日 宝塚唱歌隊(現在の宝塚歌劇団)を組織。 1918年(大正7年)2月4日 阪神急行電鉄に社名変更。 1920年(大正9年)7月16日 神戸本線 十三〜神戸(後の上筒井)間、伊丹線が開業。 1921年(大正10年)4月1日 北大阪電気鉄道(1923年に新京阪鉄道へ事業譲渡)により、十三〜豊津間(現在の京都本線・千里線の一部)が開業。 1921年(大正10年)9月2日 西宝線宝塚〜西宮北口間が開業。 1924年(大正13年)10月1日 甲陽線が開業。 1925年(大正14年)6月1日 梅田阪急ビル(旧館)に阪急マーケットが開業。 1925年(大正14年)10月15日 新京阪鉄道(1930年に京阪電気鉄道へ合併)により天神橋〜淡路間(現在の千里線の一部)が開業。 1926年(大正15年)7月5日 梅田〜十三間が高架複々線化。旧線は北野線となる。 1926年(大正15年)12月18日 西宝線が全通。今津線に改称。 1928年(昭和3年)1月16日 新京阪鉄道により淡路〜高槻町(現在の高槻市)間が開業。 1928年(昭和3年)11月1日 新京阪鉄道により高槻町〜西院間が開業。 1928年(昭和3年)11月9日 新京阪鉄道により嵐山線が開業。 1929年(昭和4年)4月15日 梅田駅に阪急百貨店が開店。 1931年(昭和6年)3月31日 京阪電気鉄道により新京阪線西院〜京阪京都(現在の大宮)間が開業。 1932年(昭和7年)8月 演劇、映画の興行を主たる目的として、東京宝塚劇場(現在の東宝)を設立。 1936年(昭和11年)4月1日 神戸本線西灘(現在の王子公園)〜神戸(現在の三宮)間が開業。西灘〜上筒井間は上筒井線となる。 1940年(昭和15年)5月20日 上筒井線を廃止。 1943年(昭和18年)10月1日 阪神急行電鉄が京阪電気鉄道を合併、京阪神急行電鉄となる。 1945年(昭和20年)5月1日 交野電気鉄道の事業を譲り受け、交野線とする。 1946年(昭和21年)11月20日 生産部を日興殖産株式会社(現・阪急産業株式会社)として分社化。 1949年(昭和24年)1月1日 北野線を休止。 1949年(昭和24年)12月1日 京阪線・交野線・宇治線・京津線・石山坂本線を京阪電気鉄道(新)として分離。新京阪線を京都本線に改称。 1959年(昭和34年)2月18日 梅田〜十三間が3複線化。 1963年(昭和38年)6月17日 京都本線大宮〜河原町間が開業し、十三〜河原町間が全通。 1967年(昭和42年)3月1日 千里山線が千里線に改称、北千里駅まで開通。北千里駅に日本初の本格的な自動改札機設置。 1968年(昭和43年)4月7日 神戸本線が神戸高速鉄道・山陽電気鉄道と相互直通運転開始。 1969年(昭和44年)12月6日 千里線・京都本線が大阪市営地下鉄堺筋線と相互直通運転開始。 1973年(昭和48年)4月1日 阪急電鉄に社名変更。 1973年(昭和48年)11月23日 梅田駅の移転拡張工事が完成。 1988年(昭和63年)10月31日 阪急ブレーブスをオリエント・リース(現オリックス)に譲渡。 1989年(平成元年)4月1日 プリペイドカード「ラガールカード」導入。 1989年(平成元年)12月7日 分社・持株会社化の準備のための完全子会社・阪急電鉄分割準備株式会社(現阪急電鉄)の登記上の設立年月日。 1992年(平成4年)4月1日 ストアードフェアシステム「ラガールスルー」開始。 1994年(平成6年)9月1日 日本初の不正乗車防止システム「フェアライドシステム」を導入。 1995年(平成7年)1月17日 阪神・淡路大震災で各線に被害。同年1月23日までに京都本線、宝塚本線、神戸本線の一部などで運転再開。 1995年(平成7年)2月5日 今津線が全線復旧。 1995年(平成7年)3月1日 甲陽線が全線復旧。 1995年(平成7年)3月11日 伊丹線が新伊丹〜伊丹(仮駅)間で運行再開。 1995年(平成7年)6月12日 神戸本線が全線復旧。 1996年(平成8年)1月1日 「ジェントルサウンドサービス」の一環として、駅・車内での案内を変更(詳細は特記事項参照)。 1996年(平成8年)3月20日 「ラガールスルー」を改良した関西圏の共通乗車カードシステム「スルッとKANSAI」開始。 1997年(平成9年)11月17日 宝塚本線で能勢電鉄日生中央駅まで乗り入れを行う直通特急日生エクスプレスの運転を開始。 1998年(平成10年)2月15日 山陽電気鉄道との相互直通運転を中止、神戸本線は新開地までの運転に。 1998年(平成10年)10月1日 今津(南)線、甲陽線でワンマン運転を開始。 1998年(平成10年)11月21日 伊丹駅本駅が完成。伊丹(仮駅)〜伊丹間は単線で運転再開。 1999年(平成11年)3月6日 伊丹(仮駅)〜伊丹間が複線運転再開、震災から実に4年ぶりに完全復旧。 1999年(平成11年)4月1日 全路線の全車両で優先座席を廃止(全車両の全座席を優先座席化)。 2002年(平成14年)10月1日 京都本線で女性専用車両を2ヶ月間限定で試験導入。6300系の特急・通勤特急・快速特急のみに設定。同年12月2日から本格導入。 2003年(平成15年)6月10日 携帯電話の電源オフを終日ルールづけた車両「携帯電話 電源オフ車両」を全列車で試験的に導入(詳細は特記事項参照)。7月11日から本格導入。 2004年(平成16年)8月1日 非接触型ICカードPiTaPaによる乗車サービスを開始。HANA PLUSカード発行。 2005年(平成17年)4月1日 阪急電鉄・阪急ホテルマネジメント・阪急交通社の各社を直轄する持株会社阪急ホールディングスに移行。同日付けで鉄道・不動産等の事業は会社分割によって阪急電鉄分割準備(株)(休眠子会社の株式会社アクトシステムズ=1989年12月7日設立を2004年3月29日付で社名変更)に承継させた上で同社を阪急電鉄に改称、旧阪急電鉄を阪急ホールディングスに改称。 2006年(平成18年)1月21日 JR西日本のICOCAで鉄道路線が利用可能になる。 2006年(平成18年)7月1日 PiTaPa対応カードを用いた「IC定期券サービス(PiTaPa定期サービス)」を開始。 2006年(平成18年)10月1日 親会社の阪急ホールディングスが阪神電気鉄道との経営統合に伴い阪急阪神ホールディングスに社名変更(詳細は阪急・阪神経営統合を参照)。 2007年(平成19年)10月1日 HANA PLUSカードに代わり、STACIAカード発行開始。 [編集] 路線 路線図 梅田駅ホーム(神戸線側からの撮影)大きく神戸線・宝塚線・京都線の3つに分けられ、それぞれに本線とそれに付随する支線を有する。また、神戸線と宝塚線は、車両をほとんど共有している(詳細は後述)ことから、まとめて「神宝線」と呼称されることがある(かつて軌道法に基づく路線であったことから「軌道線」とも呼称されたことがあった)。ラインカラーは右の路線図のほか、ホームの発車番線、普通電車の行先表示板(各支線のみ)などに使われている。 一般的に本線系路線は「本」を略してそれぞれ神戸線・宝塚線・京都線と呼ぶことが多い。 ■神戸線 (ラインカラー:港町神戸の海からブルー) 神戸本線 : 梅田 - 三宮 神戸高速線 : 三宮 - 西代 (阪急が第2種事業者として列車を運行、神戸高速鉄道が第3種事業者として線路など施設を保有。但し列車の運転は三宮 - 新開地のみ) 伊丹線 : 塚口 - 伊丹 今津線 : 宝塚 - 今津 (宝塚 - 西宮北口は今津北線、西宮北口 - 今津は今津南線と呼ばれる) 甲陽線 : 夙川 - 甲陽園 ■宝塚線 (ラインカラー:箕面の紅葉からオレンジ) 宝塚本線 : 梅田 - 宝塚 箕面線 : 石橋 - 箕面 ■京都線 (ラインカラー:古都京都の木々からグリーン) 京都本線 : 十三 - 河原町 千里線 : 天神橋筋六丁目 - 北千里 嵐山線 : 桂 - 嵐山 廃線 北野線 : 梅田 - 北野 (1949年1月1日休止) 上筒井線 : 西灘 - 上筒井 (1940年5月20日廃止) 他社譲渡路線 京阪線 : 天満橋 - 三条 ほか 大津線 : 三条 - 浜大津 及び 石山寺 - 坂本 ※いずれも、1949年に京阪神急行電鉄から分離発足した京阪電気鉄道へ譲渡された。詳しくは京阪電気鉄道の路線の項を参照。 計画線・未成線 新大阪連絡線 淡路 - 新大阪 - 十三 新大阪 - 神崎川 ※いずれも1961年事業免許取得。ただし、新大阪 - 十三を除く区間(淡路 - 新大阪 と 新大阪 - 神崎川)は、2003年3月1日付けで事業免許廃止となった(新大阪駅#構想を参照)。 [編集] 車両 箕面有馬電気軌道(箕有)→阪神急行電鉄(阪急)によって敷設された神戸線・宝塚線(神宝線)と、北大阪電気鉄道→新京阪鉄道→京阪電気鉄道を前身とする京都線とでは、その成り立ちが異なるため、車両規格に違いがある。 車両の電装品も、神宝線は東芝製、京都線は新京阪時代の名残で東洋電機製造製と分けられている。今でもこの慣習を守り続けている(ほかに、阪急において東芝製品は神宝線の電装品のほかに全駅の駅務機器や電車の空調装置、エレベーター、業務用パソコンなど幅広い分野で使用されている)。マスコンは、関西では珍しくワンハンドルマスコンを積極的に採用している。 戦後1948年の550形以後、すべての阪急車両は系列のナニワ工機→アルナ工機が建造していた(阪急では車両を新規製造することを「建造」と表現する)。しかし阪急と東武鉄道、東京都交通局、大阪市交通局などの主な納入先が経営状況の厳しさから車両新造を抑制、受注が激減したため、2002年に同社は解散。その後の阪急車両の建造メーカーに選ばれたのはそれまで関西の大手私鉄と取引がなかった(ただし、公営である京都市営地下鉄・大阪市営地下鉄とは取引があった) 日立製作所 であった。なお、阪急の経営事情は依然として厳しい事から、新車投入と平行して、1960年代後半〜1980年代前半に製造された車両をアルナ車両やグローバルテックにて更新工事を施工し、延命使用する措置を取っている(うち1970年代前半までの車両に関しては再度の更新工事施工となる)。 外装のカラーリングには、伝統的にマルーン色(阪急マルーン。お召し列車でも用いられる色)が採用されている(ラッピング車両に抜擢された場合を除く)ほか、内装についても木目調の化粧板やゴールデンオリーブ色のアンゴラ山羊の毛のシートを採用するなど統一されている。最近の車両(更新車含む)では経年劣化も考慮して妻面やドア部の化粧板にかなり濃い色の物を使うようになった。 なお、外部塗色については8000系導入時と9300系導入時に新色採用(メタリックオレンジやマルーンの帯化などが検討された)の案が持ち上がった事があるが、利用者や社内からも抗議や反対意見が続出したため、6000、7000系列の屋根肩部分をアイボリー色に改める以外は廃案となった(ただし現在でも、利用者や部内の中からはアイボリー帯を車体裾部分にも設ける程度であれば良いとの意見も少数ながら存在している)。なお、京都線に乗り入る大阪市営地下鉄堺筋線車両に関してはステンレス製車体に茶色主体の帯を巻いた66系が走っている。以前はアルミ製車体に茶帯を巻いた60系も走っていた。 阪急電鉄における形式の符番は次の通りである。阪急電鉄の形式番号は1980年代に廃車された810系を最後に、以後は全車4桁になっている。 付随車(T車)には、同系の電動車(M車)の車番に、50を加えた番号を付ける。 中間車には、先頭車の車番に500を加えた番号を付ける。 モハ(デハ)、クハ、サハといった形式記号は付けない。 1.はすでに3桁時代の700系(神宝線の700系は後に800系となる)新造車から始まり、2.は3000・3300系から始められた。 例:C#7512(この場合、7012Fに属し、梅田よりの2号車) 7 (千の位)…車両形式の系列を示す。1から始まり、形態や性能ごとに現在9までの数字で分けられている(4は事業用車)。 5 (百の位)…0〜4先頭車、5〜9中間車、0〜2・5〜7神宝線、3・4・8・9京都線。1100系〜3100系までは0・5が神戸線用、1・6が宝塚線用だった。2・7は普段は使用せず、試作車や特別車両用に空けられる。 1 (十の位)…0〜4電動車、5〜9付随車 2 (一の位)…製造順位番号。製造順に他社のような1ではなく0から付けられる(山陽電気鉄道も同じ)。但し、3300系までは京都線用は1から始まるようにされていた(新京阪時代の名残)。 ただし、もともと先頭車だった車両で、その後の改造で運転台を撤去(中間車化)した場合でも、改番されることなく、製造当時の番号のままで使用されている(例:3000系のC#3000)場合があるので、注意が必要である。 なお、阪急の所有する電車は、「全部の座席が優先座席」である。しかし、「全部の座席が優先座席ということが定着していない」「全席優先座席と言う意味が乗客には通用していない」などといった理由から2007年6月末の株主総会(阪急阪神ホールディングス)により現在導入している全席優先座席を見直し、同年10月29日に全席優先座席を廃止、新たに優先座席を設ける予定。 [編集] 現役車両 [編集] 神戸線・宝塚線 9000系 8200系 8000系 7000系 6000系 5100系 5000系 3100系(一部を能勢電鉄に譲渡) 3000系 2000系(編成は消滅、付随車のみ。一部を能勢電鉄に譲渡) [編集] 京都線 9300系 8300系 7300系 6300系 5300系 3300系 2300系 [編集] 事業用 4050形 [編集] 過去の車両 [編集] 神戸線・宝塚線 5200系 2200系(形式としては消滅、阪神・淡路大震災の被害を受けて廃車になった車両以外は電装解除の上6000系に編入) 2100系(一部を能勢電鉄に譲渡) 2021系 1200系 1100系 1010系 1000形 810系 800系 610系 550形 920系 900形 600形 500形 380形 320形 300形 98形 96形 90形 51形 34形 1形 [編集] 京都線 2800系 1300系 1600系 710系 210系 700系 200形 100形(P-6) 10形(P-4・P-5) 2300系電車(南茨木駅付近) 5100系電車(梅田駅にて) 6300系電車(南茨木駅付近) 8200系電車(十三駅にて) 9000系電車(西宮北口駅にて)) 神宝線では、株式会社東芝製の電装品を採用している。 現在阪急電鉄の車両は、株式会社日立製作所で建造されている。 [編集] 乗り入れ車両 大阪市交通局66系大阪市交通局 66系 [編集] 過去の乗り入れ車両 山陽電気鉄道 - 現在は阪神電気鉄道と神戸高速鉄道のみに乗り入れている。また普通・S特急(土曜・休日ダイヤのみ)運用のみで阪急三宮駅に姿を現している。 5000系 3000系列 大阪市交通局 60系(66系の増備に伴い全廃された) [編集] 運賃 大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2004年12月1日現在。 キロ程 運賃(円) 初乗り4km 150 5〜9 180 10〜14 220 15〜19 260 20〜26 270 27〜33 310 34〜42 360 43〜51 390 52〜60 450 61〜70 510 71〜76 600 ※一部の回数券では、有効期間内であれば阪神電鉄でも利用可。特記事項参照。 [編集] 提携など 大阪市交通局:京都線・千里線と堺筋線が相互乗り入れ 大阪市営地下鉄の車両の乗り入れは基本として高槻市、北千里までだが、試運転やイベントなどで桂まで乗り入れた実績がある 神戸高速鉄道:神戸線が東西線に乗り入れ(新開地駅まで) 山陽電気鉄道:1998年まで神戸線が乗り入れ(神戸高速鉄道東西線を経由して山陽電鉄本線須磨浦公園駅まで、山陽車両も神戸線六甲駅まで乗り入れ) 山陽車両は現在でも三宮駅まで乗り入れており、折り返しの回送の際、梅田側に数百メートルながら走行しており、現在でも阪急線内を走る山陽車両は存在する(客扱いはしていない)。 能勢電鉄:宝塚線が乗り入れ(阪急グループの一員。現在では塗色も阪急と同じくマルーン一色になっている) 能勢電鉄の車両は車両検査やイベントの際に平井車庫や正雀車庫まで入線をしている(元阪急車両であるが)。 阪急の系列会社である北大阪急行電鉄(北急)や神戸電鉄(神鉄)、北神急行電鉄(北神)などでは、一部車両の車内装飾が阪急車両に準じたものとなっている(北急では8000形、神鉄では5000系、北神では7000系。内装画像はそれぞれ北急8000形、神鉄5000系を参照)。 [編集] 特記事項 旧・阪急電鉄は1936年〜1988年にはプロ野球球団、阪急ブレーブス(のちにオリックス・ブルーウェーブ、現在はオリックス・バファローズ)を、西宮球場(後の阪急西宮スタジアム、2002年に閉鎖)をフランチャイズとして所有していた。  関西の鉄道事業者では初めて(1990年代後半頃)、外部の事業者のテレビ番組、映画、ドラマの撮影を可能とした(鉄道事業者で最初にこの事業を開始したのは京成電鉄である)。 日本の鉄道事業者で初めて「学生専用出口」を1960年代中頃に甲陽線甲陽園駅を皮切りに一部の駅で開設した(制服着用が条件)。 関西では私鉄に対し「○○電車」という呼称が定着しているが、「阪急電車」のみ今ではあまり看板などでは見かけなくなっている。これは1992年の創業85周年を機に、会社側が公式な通称を「阪急電鉄」と変更したため。ただし乗客は今でもほとんどが「阪急電車」あるいは「阪急」と呼ぶ。 一般的にホームの呼び方は「○番線」だが、阪急電鉄では「○号線」という呼び方である。これは「○番線」が社内での構内配線に対しての呼び方であるため。ただし、三宮駅では例外的に「○番ホーム」という呼び方をしている。 ホームが2本しかない駅では島式・対向式に関係なく原則として自動放送でホーム番号を言わず、「皆様、まもなく大阪梅田方面に向かう電車が到着します」のように、行き先の方面で表現する。 例外的にホームが3本以上ある駅でも番号を言わない場合もある(京都線の駅や、優等列車通過駅が多い。例:園田駅、茨木市駅、高槻市駅、桂駅)。 また、仁川駅と正雀駅では行き先すら付かない。前者は阪神競馬開催時の臨時列車の関係で回送車の発着があることが、後者は配線の関係上1つのホームから両方向の列車が出ることが理由である。 天神橋筋六丁目駅に停車する列車は、「次は天神橋筋六丁目、天六です」といったアナウンスをする。略称を最初に言う車掌が多い中、珍しい例である。 淡路駅には1号線が無く、2〜5号線のみとなっている。かつては1号線が存在したためで、社内業務にも乗客にも混乱となることを防ぐために、1号線廃止の際に番号を順送りしなかった経緯がある。 桂駅には1号線の隣に「C号線」がある。もともとは、隣接する桂車庫のC号線であったものを、ホームを設置して駅としたものである。番号を順送りしなかった点で、1号線のない淡路駅と同じ理由である。 梅田、三宮、宝塚といったJRに乗り換え可能な駅に着く際の乗り換え案内ではJRについては旧国鉄時代から一貫して案内していない。 ただし2006〜2007年のダイヤ改正で路線図に関してのみ表記するようになっている。 ちなみに大阪市交通局は堺筋線扇町駅をJR大阪環状線への乗り換え駅として案内しているが、阪急電車の路線図にはその旨が記載されていない。 駅構内の自動放送はタレントの片山光男と丸子由美が担当している。ちなみに片山は並行するJR宝塚線の駅放送も務めている。 1996年1月1日 、「ジェントルサウンドサービス」の一環として、駅・車内での案内を変更した。具体的には自社線内での車掌の手笛による発車合図を原則廃止。優等列車の停車駅の案内を「次は○○まで止まりません」から「次は○○に止まります」に。次駅の案内を「次は○○でございます」から「次の停車駅は○○でございます」に、また案内回数を主要駅を除き原則1回とした。2005年10月1日から車内での案内放送を「次の停車駅は○○でございます」から「次は○○、○○です」に変更している。2006年10月1日からは神戸線・宝塚線で2007年3月16日からは京都線の駅ホームでの案内放送を「ただいま到着の電車は各駅停車梅田行きでございます」から「ただいま到着の電車は各駅停車大阪梅田行きです」に変更している。参考リンク 梅田・三宮・新開地・河原町の4駅については「大阪梅田」「神戸三宮」「神戸新開地」「京都河原町」のようにアナウンスする(繰り返す場合は2回目以降、大阪・神戸・京都の部分を省略する)。 阪急の路線にはトンネルがほとんど存在しない。工期と費用がかさみ、明治〜大正時代の土木技術では危険が大きかったため、意図的にトンネル工事を避けたためである。宝塚線はトンネルを必要とするルートを避けた結果、カーブの多い路線となった。現在でもトンネルは第二種鉄道事業区間(神戸高速線)を除くと全線で3か所しか存在せず、そのうち2か所は西院〜河原町間と天六付近の地下線へ通じる入口で、出入口がある純粋なトンネルは千里線の千里トンネルただ一つである。なお、直通運転を行っている能勢電鉄には数多くのトンネルがある。 登記上の本店所在地を大阪府池田市に置いていることから、池田市を所管する豊能税務署の法人税ランクでは常にトップである。 乗客は着席にこだわる者が多く、梅田駅では発車間際の特急や急行のドアの前に着席目当てで次の電車を待つ乗客の列がいつもできている。川西能勢口駅や宝塚駅のように他線との乗り換え駅では次の電車の着席目当てで乗客が猛然とダッシュする風景も見られる。なお、十三〜梅田間の折り返し乗車は通常では不正乗車(この区間は運賃計算に含まないため)であるが、なにわ淀川花火大会(旧・平成淀川花火大会)の際には十三駅が大変混雑するため、梅田までの折り返し乗車を特例で認めている。 阪急電鉄では、携帯電話の電源オフを終日ルールづけた車両「携帯電話電源オフ車両」を全列車の一番前と一番後ろの車両に設定している。2003年6月10日から1か月間限定で試験導入、同年7月11日から本格的に導入した。また京都線に直通する大阪市営地下鉄堺筋線や同じ阪急グループの神戸電鉄でも導入されている。またこの「携帯電話電源オフ車両」についてのアナウンスは、車掌によって少し違ったりする。 設定車両: 4両編成以下:1車両(片側の先頭車両) 6〜8両編成:2車両(両側の先頭車両) 10両編成:4車両(片側の先頭車両と梅田方の先頭から3車両)。 毎年年末年始は土曜・休日ダイヤ編成だが、宝塚線に限り正月3が日は「臨時ダイヤ」として急行と普通列車をそれぞれ10分ずつの間隔で運転する。 2007年4月1日より、180円区間、260円区間、310円区間の全ての回数券については、有効期間内であれば阪神電鉄でも利用可能となった。但しそのままでは利用できず、阪神線で利用する際は入場前に青色の券売機で阪神の乗車券に引き換える必要がある。 駅構内で優等列車の通過待ちをする列車の乗務員は必ずホームに立ち通過監視を行う。そのとき運転士はブレーキハンドルを非常ブレーキ位置にセットし、さらにマスコンキー(京都線車両の5300系以前についてはリバースハンドル:主幹制御器に取り付ける前進・後進の切り替えハンドル)を所持してホームに立つ。 地下線やトンネル内、夜間を除き、阪急では日中地上線を走るときは室内灯を消灯して運転し、駅停車時に室内灯を点灯する。 [編集] 鉄道模型 グリーンマックスより阪急通勤車の未塗装エコノミーキットが発売されている。パーツの組合せで2000系〜8000系までの車両が製作可能。 その他の形式については各形式の項目を参照。 [編集] 関連会社 阪急阪神東宝グループに属する全企業の一覧は阪急阪神東宝グループを参照。 能勢電鉄 北大阪急行電鉄 神戸電鉄 北神急行電鉄 神戸高速鉄道 阪急バス 阪急田園バス 神鉄バス 丹後海陸交通 阪急タクシー 阪急交通社 阪急百貨店 東宝 関西テレビ放送 阪急コミュニケーションズ(元TBSブリタニカ) アルナ車両 ステーションファイナンス シアター・ドラマシティ コマ・スタジアム アーバン・エース 森組 東京楽天地 下津井電鉄(阪急電鉄が資本参加しているが、関係は比較的希薄である) [編集] 関連項目 阪急村 新京阪鉄道 宝塚歌劇団 宝塚音楽学校 千里国際学園 池田銀行 HANA PLUSカード asnas 阪急ドラマシリーズ - 関西テレビで放送されていた番組で、近畿地区では阪急百貨店・阪急不動産とともにスポンサーとなっていた。 毎日放送 - 関西テレビの開局に携わっているイメージが強いが、毎日放送の前身である新日本放送の開局にも携わっている。 MBSナウ - かつて提供していたテレビ番組。 毎日放送ダイナミックナイター(現・MBSタイガースナイター) - 「ブレーブス・ダイナミック・アワー」では阪急百貨店とともに提供したラジオ番組。 エフエム大阪 - 阪急阪神ホールディングスが株主になっている。過去には提供番組があった。 Kiss-FM KOBE - 時期は不明だが、過去に提供番組があった。 阪神間モダニズム 阪急杯 アドルフに告ぐ - 作中前半でたびたび登場する。 [編集] 外部リンク 阪急電鉄に関連するマルチメディアがあります。ウィキメディア・コモンズには、阪急電鉄に関連するカテゴリがあります。公式サイト 阪急電鉄|阪急電車情報 阪急電鉄株式会社 会社情報 ファンページ 阪急電鉄の駅-写真集 阪急西宮北口駅周辺情報 京阪電気鉄道株式会社(けいはんでんきてつどう、英称 Keihan Electric Railway Co., Ltd.)は、大阪府・京都府・滋賀県に路線網を持つ大手私鉄。略称は京阪(京阪電鉄、京阪電車とも呼ばれる)。登記上の本店は大阪府枚方市岡東町173番地の1。本社事務所は大阪府大阪市中央区大手前1丁目7番31号 大阪マーチャンダイズ・マートビル内。営業キロ程は88.1km。 京阪電気鉄道と、その子会社75社(有価証券報告書への記載義務のある連結子会社、及び有価証券報告書への記載義務のない非連結子会社を合わせた全子会社数)、及び持分法適応関連会社3社から構成されている京阪グループの中核企業である。 目次 [非表示] 1 概要 2 歴史 2.1 年表 3 路線 3.1 営業区間 3.2 建設中の区間 3.3 廃止区間 3.4 他社への譲渡路線 4 京阪電気鉄道の形成過程 4.1 現在の京阪電気鉄道を構成する路線の免許(特許)・開業年月日 4.2 かつて京阪電気鉄道が経営していた路線の免許(特許)・開業年月日 4.3 営業廃止年月日【軌道線】 4.4 複々線区間の使用開始年月日 4.5 高架使用開始年月日 4.6 地下路線使用開始年月日 4.7 かつて京阪電気鉄道が保有していた未成区間の免許(特許)・失効年月日 5 車両 5.1 現有車両 5.1.1 京阪線・鋼索線 5.1.2 京津線・石山坂本線 5.2 過去の車両 5.2.1 京阪線・鋼索線 5.2.2 京津線・石山坂本線 5.3 新造予定車両 5.3.1 京阪線 6 運賃 7 提携など 8 特記事項 9 関連会社・事業 10 関連項目 11 外部リンク [編集] 概要 京阪グループ共通スローガンは「街をつなぐ、心をむすぶ KEIHAN GROUP」。世界初・日本初・関西初・戦後初・特許となる技術やサービスが多く、関西では鉄道ファンに名を知らしめている、特徴のある私鉄である。 テレビCMではこれまで島田奈美(1987年〜1989年)、蓮舫(1989年〜1992年)、仙道敦子(1993年〜1994年)、山口智子(1995年〜1996年)、渡辺満里奈(1997年〜1998年)、伊武雅刀(1999年〜2000年)など全国的に知名度の高いタレントを起用してきたが、2000年12月からは、「京阪のる人、おけいはん。」をキャッチフレーズに、水野麗奈(同年〜2003年)、江本理恵(2003年〜2006年)、神農幸(2006年〜現在)と3代にわたり、各種キャンペーンを展開している。 大阪証券取引所第一部に単独上場していたが、2006年3月22日に東京証券取引所第一部に株式を上場した。また、11月13日に開業100周年を迎える2010年を目処に純粋持株会社へ移行することが発表された(仮称:京阪ホールディングス)。その傘下に置かれる運輸業・不動産業・流通業・レジャーサービス業の各事業を統括する形態になると説明されている。 スルッとKANSAIでカードに印字される符号はKHである。 [編集] 歴史 京阪電気鉄道本社がある大阪マーチャンダイズ・マートビル(大阪市中央区) 京阪天満橋駅(京阪シティモール)大阪と京都を結ぶことを目的に設立され、1910年4月15日に開業した。阪神電気鉄道などと同様、軌道特許で開業したため、当初は併用軌道や急曲線が至る所にあり、それを克服するためさまざまな技術開発が行われた。 1920年代には、京津電気軌道や琵琶湖鉄道汽船を相次いで合併し、琵琶湖を自社の営業エリアに収めた(京阪の社史では「湖上制覇」と表現している)。 また、並行線を他社によって敷設されることを阻止する企業防衛のための新京阪鉄道(現・阪急京都本線)建設や、奈良電気鉄道(現・近鉄京都線)・阪和電気鉄道(現・JR西日本阪和線)への関与、和歌山(阪和と和歌山軌道線)への進出など、積極的な拡張策を展開した。しかし投資が回収できないうちに昭和恐慌に見舞われ、逼塞を余儀なくされる。 太平洋戦争中には陸上交通事業調整法に基づき、阪神急行電鉄と合併、京阪神急行電鉄となる。戦後分離するが、このとき新京阪線は阪急に残ることとなり、淀川左岸の路線での再発足となった。 これらの経験が、他の関西大手私鉄と比べて事業の多角化に慎重で、本業を重視する傾向につながったともいわれる。しかし、少子高齢化により鉄道事業のみでは今後の発展は望めないとして、創業100年を機にエリア外(特に関東地方)での事業多角化を進めることを明らかにしている。既に関東に進出しているジューススタンドに加え、「ホテル京阪」や流通事業の全国進出が検討され、既に北海道にホテル京阪札幌を建設することが決定した。 [編集] 年表 1906年(明治39年)11月19日 - (旧)京阪電気鉄道株式会社設立。資本金700万円(現在の貨幣価値に換算して約189億4500万円) 1910年(明治43年)4月15日 - 大阪・天満橋〜京都・五条間開業。 1910年(明治43年)10月15日 - 第一回菊人形を香里園で開催。 1913年(大正2年)6月1日 - 宇治線、中書島〜宇治間開業。 1914年(大正3年)5月15日 - 日本初の電車による「急行」運転を天満橋〜五条間で開始(京阪電気鉄道の急行創始参照)。 1915年(大正4年)4月1日 - 日本で初めて色灯三位式自動閉塞信号機の使用を開始。 1915年(大正4年)10月27日 - 京阪本線の五条〜三条間が延伸開業。 1922年(大正11年)6月28日 - 淀川西岸の高速新線建設のため新京阪鉄道株式会社を設立。 1922年(大正11年)7月1日 - 和歌山水力電気株式会社を合併。和歌山地区の電力事業と軌道事業を継承。 1925年(大正14年)2月1日 - 京津電気軌道株式会社を合併し、京津線とする。 1925年(大正14年)5月5日 - 京津電気軌道から継承した京津線の札ノ辻〜浜大津間を延伸開業。 1927年(昭和2年)8月31日 - 日本初の全鋼製ロマンスカー(1550形)を新造。 1929年(昭和4年)4月11日 - 琵琶湖鉄道汽船株式会社を合併し、浜大津以南の路線を石山線とし、浜大津以北の路線を坂本線とする。 1930年(昭和5年) 5月10日 - 合同電気株式会社に和歌山地区の電力事業と軌道事業を譲渡。 1930年(昭和5年)9月15日 - 新京阪鉄道株式会社を合併し、天神橋〜西院間の路線を新京阪線、十三〜淡路間の路線を十三線、淡路〜千里山間の路線を千里山線、桂〜嵐山間の路線を嵐山線とする。 1931年(昭和6年)3月31日 - 新京阪鉄道株式会社からの継承事業であった新京阪線の西院〜京阪京都を延伸開業(関西初の地下鉄道)。 1933年(昭和8年)12月29日 - 京阪本線の蒲生信号所〜守口(現在の守口市)間を複々線化。 1934年(昭和9年)3月19日 - 日本初の連接車「びわこ号」竣工。 1934年(昭和9年)4月2日 - 三条(三条大橋)経由、天満橋(京阪本線)〜浜大津(京津線)間直通の特急「びわこ号」の営業運転を開始(戦時中、一時休止)。 1942年(昭和17年)4月1日 - 電力統合政策により電力事業を関西配電(関西電力の前身)に譲渡。 1943年(昭和18年)10月1日 - 戦時企業統合政策(陸上交通事業調整法)による政府からの勧奨を受け、阪神急行電鉄株式会社と合併し、京阪神急行電鉄株式会社(現在の阪急電鉄株式会社。法人格としては現在の阪急阪神ホールディングス株式会社)が発足(書類上の存続会社は、阪神急行電鉄株式会社)。 1945年(昭和20年)5月1日 - 交野電気鉄道株式会社の事業を譲り受け、交野線とする。 1945年(昭和20年)12月21日 - 奈良電気鉄道(現在の近鉄京都線)が京阪本線の丹波橋〜三条間に乗り入れ開始。 1947年(昭和22年)4月1日 - 京阪線の電車が奈良電気鉄道の丹波橋〜京都間に乗り入れ開始。 1949年(昭和24年)12月1日 - 京阪神急行電鉄株式会社から京阪本線、交野線、宇治線、京津線、石山線、坂本線が分離譲渡される形で、日本で14番目の大手私鉄となる(新)京阪電気鉄道株式会社が発足。 1950年(昭和25年)9月1日 - 京阪本線の天満橋〜三条間に特急の運行を開始。 1952年(昭和27年) 4月1日 - 日本初の「スーパーマーケット」となる京阪スーパーマーケットを京阪本線の旧京橋駅構内に開店。 1952年(昭和27年)7月17日 - 特急列車の先頭エンブレム(鳩マーク)の使用を開始。 1954年(昭和29年)9月3日 - 京阪線の特急でテレビを設置したテレビカーの運行を開始。 1955年(昭和30年)12月3日 - 鋼索線、八幡市〜男山山上間開業。 1956年(昭和31年)1月10日 - 線路名称制定。石山線と坂本線を統合し、石山坂本線に改称。 1957年(昭和32年)3月9日 - 日本初の空気バネ台車取付車両の使用を開始。 1958年(昭和33年)12月1日 - 寝屋川車庫の使用を開始し、守口車庫を廃止。 1963年(昭和38年)4月15日 - 京阪本線の淀屋橋〜天満橋間の地下新線が延伸開業。 1963年(昭和38年)11月29日 - 京阪淀屋橋ビル竣工。 1964年(昭和39年)7月7日 - 日本初の駅冷房を京阪本線の淀屋橋駅で開始。 1968年(昭和43年)11月10日 - くずはローズタウンの第一期分譲を開始。 1968年(昭和43年) 12月20日 - 近鉄京都線(旧奈良電気鉄道)との相互乗り入れを廃止。 1970年(昭和45年)4月15日 - 京橋駅ビルに京阪ショッピングモール(現在の京阪モール)が開業。 1970年(昭和45年)5月15日 - 通勤冷房車(2400系)の営業運転での冷房装置使用開始。 1970年(昭和45年)11月1日 - 京阪本線の天満橋〜野江間を複々線化。 1972年(昭和47年)4月1日 - 樟葉駅前にくずはモール街が開業。 1974年(昭和49年)7月26日 - びわこローズタウンの第一期分譲を開始。 1975年(昭和50年)11月15日 - 全車両に「優先座席」を設定。 1976年(昭和51年)9月12日 - 京阪本線の守口市〜門真市間高架複々線化。 1980年(昭和55年)3月16日 - 京阪本線の土居〜寝屋川信号所間が高架複々線化。京阪本線の天満橋〜寝屋川信号所間が私鉄最長(当時)の複々線区間となる。 1980年(昭和55年)5月28日 - 最初の「京阪時刻表」を刊行。 1983年(昭和58年)12月4日 - 京阪線の架線電圧を直流600Vから1,500Vに昇圧。最高速度を105km/hから110km/hに向上。 1985年(昭和60年)10月12日 - 守口市駅前(旧守口車庫跡地)に京阪百貨店が開業。 1987年(昭和62年)5月24日 - 京阪本線の東福寺〜三条間が地下化。 1987年(昭和62年)12月10日 - 京阪線で自律分散式列車運行管理システム(ADED)の使用を全面的に開始。 1989年(平成元年)4月1日 - 鴨川電気鉄道株式会社を合併。 1989年(平成元年)10月1日 - プリペイドカード「Kカード」の発売を開始。 1989年(平成元年)10月5日 - 鴨川電気鉄道株式会社からの継承事業であった鴨東線の三条〜出町柳間開業。 1990年(平成2年)6月20日 - 回数乗車券を磁気カード化した「Kカード回数券」発売。 1992年(平成4年)5月12日 - 京阪東ローズタウン街開き。 1994年(平成6年)10月1日 - 京阪枚方ステーションモ−ル開業。 1995年(平成7年)11月1日 - Kカード回数券で自動改札を利用可能にすると同時に指定駅のみに認められていた途中下車制度を廃止。 1995年(平成7年)12月25日 - 京阪線の特急に2階建車両を連結開始。 1997年(平成9年)9月30日 - 石山坂本線の穴太〜坂本間が複線化され、鋼索線を除く鉄軌道線全線の複線化を達成(一部複々線)。 1997年(平成9年)10月12日 - 京都市営地下鉄東西線の開通に伴い、京津線の京津三条〜御陵間を廃止。京都市営地下鉄東西線御陵〜京都市役所前間に乗り入れ開始。大津線の架線電圧を直流600Vから1,500Vに昇圧。 1998年(平成10年)4月29日 - 京阪線の全特急列車に2階建車両の連結完了。 1998年(平成10年)10月1日 - 「浜大津アーカス」全面開業。 1999年(平成11年)4月1日 - スルッとKANSAI共通磁気カードシステムを導入し、「スルッとKANSAI Kカード」の発売を開始。 1999年(平成11年)10月23日 - けいはんな公園都市の街開き。 2002年(平成14年)2月19日 - 「京阪グループ新生計画Re Born21」を発表。 2004年(平成16年)3月15日 - 鉄道会社では日本初となる「ISO14001」認証を会社全体で取得。 2004年(平成16年)8月1日 - スルッとKANSAI共通ICカードシステムPiTaPa導入(但しこの時点では大津線には導入されず。また鋼索線は導入対象外)し、「e-kenet PiTaPa」発行。 2005年(平成17年)4月14日 - くずはモール街が新装され「くずはモール」として全面開業。 2005年(平成17年)5月27日 - 天満橋駅ビルに京阪シティモールが全面開業。 2005年(平成17年)12月4日 - ひらかた大菊人形の歴史に幕が下りる。 2006年(平成18年)1月21日 - JR西日本のICカードICOCAの利用が可能に(他のPiTaPa導入各社も同時実施)。 2006年(平成18年)3月22日 - 東京証券取引所第一部に上場。 2007年(平成19年)4月1日 - 大津線にもPiTaPaが導入(乗り入れ先の京都市交通局の地下鉄路線も同時導入)され、鋼索線を除く京阪全線でPiTaPaの使用が可能となった。 [編集] 路線 路線図一般に、京阪本線、鴨東線、中之島線、交野線、宇治線、鋼索線(男山ケーブル)の各線を京阪線、京津線、石山坂本線の各線を大津線と総称している。1997年に京津線の一部を廃止するまでは、関西の大手私鉄では唯一、廃止区間(線路の付替を除く)を持たない会社であった。 [編集] 営業区間 京阪線 京阪本線 (淀屋橋 - 三条) 鴨東線 (三条 - 出町柳) 交野線 (枚方市 - 私市) 宇治線 (中書島 - 宇治) 鋼索線 (八幡市 - 男山山上) 大津線 京津線 (御陵 - 浜大津) 石山坂本線 (石山寺 - 坂本) [編集] 建設中の区間 京阪線 中之島線 (中之島 - 天満橋 : 2008年度末開業予定、京阪電鉄は第二種鉄道事業者、第三種鉄道事業者は中之島高速鉄道) [編集] 廃止区間 大津線 京津線 (京津三条(三条) - 御陵 : 1997年10月12日廃止) [編集] 他社への譲渡路線 新京阪線 新京阪線 (天神橋駅 - 京阪京都駅) 千里山線 (淡路駅 - 千里山駅) 十三線 (十三駅 - 淡路駅) 嵐山線 (桂駅 - 嵐山駅) 京阪子会社の新京阪鉄道が経営していた路線を、1930年に同社の合併で直営としたもの。戦中の1943年に京阪が阪神急行電鉄(阪急)と統合されたことで京阪神急行電鉄の路線となり、戦後京阪が再分離する際、阪急側に残存した。なお京阪本線・宇治線・京津線・石山坂本線とは異なり、当初から軌道ではなく鉄道路線となっていた。 和歌山線(路面電車) 市駅 - 内海駅 和歌浦口駅 - 新和歌浦駅 1922年に和歌山水力電気を買収したことで、直営路線となったもの。事業整理の一環で1930年には合同電気へ譲渡された。なお、この路線はその後も変遷を遂げ、最後は南海電気鉄道の路線となって1971年までに廃止された。 [編集] 京阪電気鉄道の形成過程 [編集] 現在の京阪電気鉄道を構成する路線の免許(特許)・開業年月日 京阪電気鉄道(1943年まで)【軌道線】 開業区間 キロ程 特許年月日 開業年月日 備考 天満橋〜五条間 46.2km 1906年8月25日 1910年4月25日 1931年10月13日まで、蒲生(現在の京橋付近)〜守口(現在の守口市)間は、併用軌道区間。 五条〜三条間 1.5km 1913年5月29日 1915年10月27日 京都市が所有する特許線を租借。 中書島〜宇治間 7.8km 1907年1月26日 1913年6月1日 京阪神急行電鉄と改称 … … 1943年10月1日 阪神急行電鉄との合併による社名変更(書類上、京阪電気鉄道は、一旦、消滅)。 京阪神急行電鉄から分離 … … 1949年12月1日 (新)京阪電気鉄道設立。 地方鉄道線への変更 … … 1978年3月10日 東福寺〜三条間は除く (旧)京津電気軌道【軌道線】 開業区間 キロ程 特許年月日 開業年月日 備考 古川町〜札ノ辻間 10.0km 1907年1月24日 1912年8月15日 古川町は、後の東山三条。 札ノ辻は、現在の上栄町〜浜大津間にあった駅。 古川町〜三条大橋間 0.6km 1912年12月13日 1923年2月20日 三条大橋は、後の京津三条。 札ノ辻〜浜大津間 0.4km 1924年5月8日 1925年5月5日 浜大津〜湊町間 … … 1928年9月11日 京阪電気鉄道に吸収合併。 … … 1924年2月1日 (旧)大津電車軌道→(旧)琵琶湖鉄道汽船【軌道線】 開業区間 キロ程 特許年月日 開業年月日 備考 大津〜膳所間 3.0km 1907年9月21日 1913年3月1日 大津は、現在の浜大津。 膳所は、現在の膳所本町。 石山駅〜粟津間 0.9km 1907年9月21日 1914年1月12日 石山駅は、現在の京阪石山。 石山駅〜唐橋前間 0.7km 1907年9月21日 1914年1月17日 唐橋前〜蛍谷間 0.8km 1907年9月21日 1914年2月15日 蛍谷は、現在の石山寺。 1914年6月4日 膳所〜粟津間 1.4km 1907年9月21日 1914年5月1日 浜大津〜三井寺間 0.4km 1907年9月21日 1922年5月7日 三井寺〜兵営前間 0.6km 1907年9月21日 1927年5月15日 兵営前は、現在の別所。 兵営前〜山上間 0.4km 1907年9月21日 1927年9月10日 山上〜松ノ馬場間 5.3km 1907年9月21日 1927年5月15日 松ノ馬場〜坂本間 0.6km 1907年9月21日 1927年8月13日 琵琶湖鉄道汽船に改称 … … 1927年1月21日 京阪電気鉄道に吸収合併 … … 1927年4月11日 (旧)信貴生駒電鉄→(旧)交野電気鉄道【地方鉄道線】 開業区間 キロ程 免許年月日 開業年月日 備考 私市〜枚方東口間 6.9km 1920年9月27日 1929年7月10日 枚方東口は、現在の枚方市。 1931年7月以降は、京阪電気鉄道に経営を委託。 (旧)交野電気鉄道に譲渡 … … 1939年5月1日 京阪神急行電鉄に譲渡 … … 1945年5月1日 京阪電気鉄道(1949年〜1978年)【軌道線】 開業区間 キロ程 特許年月日 開業年月日 備考 淀屋橋〜天満橋間 1.3km 1959年2月23日 1963年4月16日 全区間地下線。 地方鉄道線への変更 … … 1978年3月10日 京阪電気鉄道(1949年以降)【鋼索線】 開業区間 キロ程 免許年月日 開業年月日 備考 八幡町〜男山山上間 0.4km 1955年4月8日 1955年12月3日 (旧)男山鉄道の路盤を転用。 京阪電気鉄道(1949年以降)【鉄道線】 開業区間 キロ程 免許年月日 開業年月日 備考 三条〜出町柳間 2.3km 1974年2月25日 1989年10月5日 免許は、京都電灯(現在の京福電気鉄道)が取得。 全区間地下線。 [編集] かつて京阪電気鉄道が経営していた路線の免許(特許)・開業年月日 (旧)和歌山水力電気【軌道線】 開業区間 キロ程 特許年月日 開業年月日 備考 和歌山〜県庁前間 4.7km 1904年12月14日 1909年1月23日 県庁前〜和歌山市間 2.0km 1904年12月14日 1909年2月12日 和歌浦〜紀三井寺間 1.5km 1904年12月14日 1909年11月25日 紀三井寺〜琴ノ浦間 3.0km 1904年12月14日 1911年11月3日 琴ノ浦〜黒江間 0.6km 1904年12月14日 1912年4月17日 和歌浦〜新和歌浦間 1.2km 1904年12月14日 1913年9月30日 1914年9月7日 黒江〜日方口間 0.9km 1904年12月14日 1918年6月21日 日方〜海南駅前間 0.7km 1916年10月7日 1929年6月1日 京阪電気鉄道に吸収合併 … … 1922年7月1日 合同電気に譲渡 … … 1930年5月10日 東邦電力、和歌山電気軌道を経て、南海電気鉄道和歌山軌道線となり、1971年4月1日に 全線廃止。 (旧)北大阪電気鉄道→(旧)新京阪鉄道【地方鉄道線】 開業区間 キロ程 免許年月日 開業年月日 備考 十三〜淡路間 4.2km 1919年9月12日 1921年4月1日 路盤の一部は、官営鉄道東海道本線の旧線跡を転用。 淡路〜千里山間 5.1km 1916年9月1日 1921年10月26日 路盤の一部は、官営鉄道東海道本線の旧線跡を転用。 天神橋〜淡路間 3.3km 1916年9月1日 1915年10月15日 免許は、北大阪電気鉄道が取得。 淡路〜上新庄間 1.9km 1923年6月18日 1928年1月16日 上新庄〜高槻町間 14.4km 1922年4月24日 1928年1月16日 免許は、京阪電気鉄道が取得。 高槻町は、現在の高槻市。 高槻〜西院(仮駅)間 21.4km 1922年4月24日 1928年11月1日 桂〜嵐山間 4.1km 1924年5月13日 1928年11月9日 免許は、京都電灯(現在の京福電気鉄道)が取得。 西院(仮駅)〜京阪京都間 1.4km 1922年4月24日 1931年3月31日 全線地下線で関西初の地下鉄道線。 京阪京都は、現在の大宮。 新京阪鉄道に譲渡 … … 1923年4月1日 京阪電気鉄道に吸収合併 … … 1930年9月15日 京阪神急行電鉄に吸収合併 … … 1943年10月1日 1949年12月1日の(新)京阪電気鉄道設立以降も、京阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)に所属。 [編集] 営業廃止年月日【軌道線】 開業区間 キロ程 許可年月日 廃止年月日 備考 京津三条〜御陵間 3.9km 1997年9月10日 1997年10月12日 [編集] 複々線区間の使用開始年月日 区間 キロ程 使用開始年月日 備考 蒲生〜守口間 4.2km 1933年12月29日 蒲生は、現在の京橋付近。 守口は、現在の守口市。 天満橋〜野江間 2.5km 1970年11月1日 守口市〜門真市間 1976年9月12日 門真市〜寝屋川信号所間 5.8km 1980年3月16日 [編集] 高架使用開始年月日 区間 キロ程 使用開始年月日 備考 [編集] 地下路線使用開始年月日 区間 キロ程 使用開始年月日 備考 京都市東山区一橋野本町付近〜三条間 1987年5月24日 [編集] かつて京阪電気鉄道が保有していた未成区間の免許(特許)・失効年月日 (旧)新京阪鉄道【地方鉄道線】 延伸区間 キロ程 免許年月日 失効年月日 備考 京阪京都〜河原町間 2.0km 全区間地下線。 京阪京都は、現在の大宮。 1949年12月1日の(新)京阪電気鉄道設立以降も、京阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)に所属。 1963年6月17日に京阪神急行電鉄によって開業。 西向日町〜馬場間 路盤の一部は、官営鉄道東海道本線の旧線跡を転用。 [編集] 車両 主に特急で使用されている9000系(香里園駅付近にて) 京阪電鉄の1900系(交野線沿線にて) 8000系 2600系 700形 800系(京津線) 車内に祀られている成田山の御守阪急電鉄と並んで車両の保守技術には定評があり、1810系から編入された1900系の一部車両は製造から50年が経過し、さすがに寄る年波には勝てず2006年3〜5月に大半が廃車されたが、2007年現在でも2編成が今なお現役で運用されている。製造から45年を経過した2000系の生まれ変わりである2600系0番台も多数が現役であり、製造から40年を経過した2200系に至っては今でも主力として広く運用されている(これらの車両は今後、中之島線開業に合わせて新造される新型車両により置き換えされる予定)。 日本でも希少のテレビカーやダブルデッカーを連結した京阪特急専用車をはじめ、日本初の多扉車となった5000系、ホームドア付地下鉄区間から急勾配急カーブの連続の山岳区間に大津市内の併用軌道と言った極端に性格の異なる区間に対応して設計された800系など、個性的な車両が多い関西私鉄の象徴的存在として知られる。 車体は以前は日本車輌製、ナニワ工機(後のアルナ工機。現在会社解散)製、田中車両(およびその後身の近畿車輛)製(戦後は大津線区のみ)、日立製作所製(初代鋼索客車のみ)もあったが、1970年代以降は川崎重工業製である。電装品は一部の例外を除き東洋電機製造製が一貫して用いられているが、これは同社が京阪出身者などによって創設されたという経緯によるものである(戦後高性能車の一部には三菱電機製WNカルダンを使用した時期もあり、1900系の一部において現在でも使用中。なお三菱電機は現在はクーラー、換気扇で採用)。加えて阪急京都本線の車両が東洋電機製造の電装品を用いているのもこれに由来する。台車は川崎重工業と住友金属工業から供給を受けている。川崎重工業とは吸収合併された汽車製造会社の時代から共同で台車の研究を続けており、日本最初の空気バネ台車もそこから誕生した。 6000系以降は編成の両端に動力車が来るようにしているが、6000系・8000系・10000系は編成の両端に固めている一方で、7000系・7200系・9000系は京浜急行電鉄と同様に編成の両端と中央に配置している。 パンタグラフは、京阪線ではすべて菱形または下枠交差形のいずれかで、シングルアーム形は一度も使用したことがない(大津線系統では800系にシングルアーム形を採用している)。 京阪本線沿線に成田山大阪別院明王院(香里園駅から1km)があるため、京阪の全車両には成田山の御守が祀られている(同別院は京阪が勧請して建てられた)。京阪本線の車両の先頭と後方を北と南にすると御守は北東と南西の方向に設置されている。これは鬼門と裏鬼門から遮断するために設置されたと言う一説もある。但し、鋼索線には石清水八幡宮の御守が祀られている。これは、鋼索線のある男山の山頂に石清水八幡宮が鎮座することによる。 2007年4月11日に京阪電鉄は中之島線開業用および1900系・2600系・2200系の置き換え目的の新型車両を投入することを発表した。6編成48両(1編成8両)。仕様および登場時期などの詳細は現時点ではまだ未定。公表されたイメージ図では、既存の京阪車両にない丸みを強調した前面になっている(イメージ図(PDF))。 [編集] 現有車両 [編集] 京阪線・鋼索線 特急用 8000系 3000系 通勤形 10000系 9000系 7200系 7000系 6000系 5000系 2600系 2400系 2200系 1900系 1000系(3代) 鋼索線 1・2号(2代) [編集] 京津線・石山坂本線 800系(2代) 700形(3代) 600形(3代) [編集] 過去の車両 [編集] 京阪線・鋼索線 京阪線 1形 16号(貴賓車) 100形 200形 300形(初代、初代1000形) 500形(初代、旧1500形) 600形(初代、旧1550形) 700形(初代、旧1580形) 1000系(2代) 250形 1300系 1700系(元特急用) 1800系(初代、元特急用) 1810系(元特急用) 1650形 2000系(スーパーカー) 600系(2代) 700系(2代) 1800系(2代) 鋼索線 1・2号(初代) [編集] 京津線・石山坂本線 20形 30形 50形 60形(びわこ号) 70形 80形 800形(初代) 260形 300形(2代) 350形 500形(2代) [編集] 新造予定車両 [編集] 京阪線 形式未定(8両編成一般車6本。前述の通り、塗装、仕様、登場時期についても現時点ではすべて未定である。10000系と違い次期新車はワンマン運転対応となる計画は現時点ではない)。 [編集] 運賃 大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2004年12月1日現在。 京阪本線・鴨東線・交野線・宇治線と京津線・石山坂本線を京都市営地下鉄東西線を介して乗車する場合でも、運賃は通算しない。 京阪本線・鴨東線・交野線・宇治線 キロ程 運賃(円) 初乗り3km 150 4〜7 200 8〜12 260 13〜17 300 18〜22 320 23〜28 340 29〜34 360 35〜40 380 41〜46 390 47〜52 400 鴨東線内のみ、または鴨東線に跨って乗車の場合は加算運賃60円が必要。 京津線・石山坂本線 キロ程 運賃(円) 初乗り5km 160 6〜10 230 11〜15 310 例外区間あり。 鋼索線 片道200円 京都市営地下鉄東西線と京阪大津線(京津線・石山坂本線の総称)との乗継割引運賃 当初、京都市営地下鉄東西線の開業と、それに伴う京津線の乗り入れ開始による急激な運賃高騰を和らげるため、1997年の東西線開業後3年間を目途にという暫定的な処置であったが、現在も期間を延長して継続している。 接続駅 割引対象区間 大人割引額(円) 東西線 大津線 東西線 大津線 計 御陵 東山・蹴上 京阪山科〜大谷 60 30 90 東山・蹴上 上栄町・浜大津 50 20 70 三条京阪 京阪山科〜浜大津 50 20 70 三条京阪〜蹴上 三井寺〜坂本・島ノ関〜石山寺 0 20 20 [編集] 提携など 京都市交通局 - 京津線が東西線に乗り入れ(御陵駅から京都市役所前駅まで。京阪の車両のみ。なお2008年1月より一部の列車の乗り入れ区間を太秦天神川駅まで拡大することを検討している。これは烏丸御池駅や二条駅などにおける他路線との連絡の強化の目的である)。 [編集] 特記事項 特急・K特急とも特急料金・特別車両料金は一切不要である。 京阪電鉄自身は京都市営地下鉄東西線に直通運転しているが、関西大手5私鉄の中で唯一他社からの直通運転がない(但し、過去には京阪線で近鉄京都線(旧奈良電気鉄道)と相互直通運転を行っていた)。 京阪電鉄は関西地方の大手私鉄で唯一プロ野球球団を持ったことがない。但し計画にまでは至らなかったが、かつては廃止された豊野駅(京阪本線香里園〜寝屋川市間、1922年〜1963年)付近に野球場「京阪グラウンド」を保有しており、これを活用整備したプロ野球参入構想はあった。 2005年9月から2006年6月までの村上ファンドによる阪神電気鉄道に対するM&Aとそれへの対抗措置の中で、阪神が京阪との統合を検討していたことが判明した。京阪と阪神はそれ以前に業務提携の接触も持っており、阪神・村上ファンドともに統合先としては阪急よりも京阪の方が比較的良いという考えを持っていたとされる。しかし、TOB価格で折り合いがつかず、この計画は実現しなかった。詳細は阪急・阪神経営統合を参照。 一般の鉄道事業者は年末年始は「休日(土曜・日曜・祝日)ダイヤ」を編成するが、京阪線では正月三が日に関しては初詣客などの利用者を考慮して休日ダイヤではなく「正月ダイヤ」を編成している。また大晦日の夜間以降は終夜運転への移行のために、こちらは「おおみそかダイヤ」を編成している。終夜運転は関西大手私鉄の中でも最も本数が多い部類に当たる(京阪本線・宇治線・交野線・男山ケーブルの総本数で)。大津線は1997年の大晦日から2005年の大晦日までは午前2時頃までの延長運転を行っていたが、2006年は中止されている。 京阪電気鉄道は、中之島ゆき(三浦理恵子)が歌唱しているCDを「淀屋レコード」という名義のレコードレーベルで発売している(大手私鉄でレコードレーベルを有しているのは同社のみである)。 1988年頃から作家の若一光司をキャラクターに起用し、肉筆エッセイ入りの車内吊沿線広告ポスターをシリーズで展開。そのテーマは「惚れぬいて京都」「琵琶湖遊行」「京阪沿線の名木」「京阪沿線に洋風建築の粋を見る」と変化しつつ、現在も継続中。「琵琶湖遊行」シリーズは単行本化されている。 [編集] 関連会社・事業 京阪グループを参照 [編集] 関連項目 京阪梅田線(未成線) 新京阪鉄道(京阪子会社) 名古屋急行電鉄(未成線) 阪急京都本線 - 阪急嵐山線(元:新京阪鉄道) 北大阪電気鉄道(阪急千里線) 神宝線(阪急神戸線と宝塚線などの総称) 阪和電気鉄道(JR阪和線) 奈良電気鉄道(近鉄京都線) 東大阪電気鉄道(未成線) 阪急阪神東宝グループ 阪急電鉄(京阪は戦時中法律に基づき阪急と統合されていた) 阪神電気鉄道(統合が検討されていた) 五私鉄疑獄事件(汚職事件) 京阪電気鉄道の急行創始(京阪急行の歴史) 京阪特急(京阪特急の歴史) K特急(列車種別) 京阪バスシステムズ(バス事業持株会社) おけいはん 三浦理恵子(中之島ゆき名義で発売したシングル「出町柳から」で、タワーレコード梅田店週間インディーズチャートで首位獲得) アンスリー ジューサーバー 列車番号の付番方法(京阪電鉄での付番方法が掲載) ファミリーレールフェア(家族向けの鉄道イベント) 大津線感謝祭 若一光司 向谷実(2007年度より採用された発車メロディの作曲者) 京阪型速度照査ATS 松下電器産業(本社は西三荘駅前にある。関係が深くテレビカーで使用されているテレビは同社(Panasonic)製になっている) 京阪まんが劇場(かつてKBS京都テレビで放映された京阪電鉄一社提供のアニメ番組) ニューススクランブル(金曜日のスポンサー) MBSナウ(かつて毎日放送テレビで放送されていた提供番組) 朝日放送(現在では提供番組は持っていないが(過去に提供していた番組あり)、スポットCMとしてよく流れている) [編集] 外部リンク 京阪電気鉄道に関連するマルチメディアがあります。ウィキメディア・コモンズには、京阪電気鉄道に関連するカテゴリがあります。京阪電気鉄道株式会社〜街をつなぐ、心をむすぶ〜KEIHAN GROUP おけいはん.ねっと 中之島線のページ KEIHAN TRAFFIC 京阪電車大津線公式Webサイ 電車(でんしゃ)とは、「自走式電動客車」、および事業用車を含む「自走式電動貨車」の略語である[要出典]。 単独、または複数の客・貨車に動力となる電動機を装備し、かつ、それらを制御する運転台を有し、急勾配線区などを除く通常の運転に際し、機関車などの動力車を必要としない鉄道車両である。 機関車のみが動力車である動力集中方式に対し、小型の動力を各車に分散配置することから、気動車と共に動力分散方式と呼ばれる。 英名については下記#「EC」と「EMU」を参照。 日本語の「電車」という言葉は、電動機を駆動するための電力が車両外部から供給され、集電装置により取り込むものと、車載の蓄電池を動力源とする車両のみを指し、車上の内燃機関で発電機を稼動させ、それにより得られた電力で電動機を駆動するものは含まない。また、電車によって編成された列車(電車列車)も「電車」と呼ばれる。 本項では無軌条電車(トロリーバス)車両については割愛する。 目次 [非表示] 1 概要 1.1 日本 1.2 外国 1.2.1 台湾 1.2.2 東南アジア 1.2.3 ヨーロッパ 1.2.4 アメリカ 1.2.5 中南米 2 「EC」と「EMU」 3 構造 3.1 動力 3.2 制御 3.3 ブレーキ 3.4 動力以外の電源 4 長所・短所 4.1 主な長所 4.2 主な短所 5 電車の分類 6 関連項目 [編集] 概要 [編集] 日本 日本における電車の沿革は、日本の電車史も参照 主として旅客用として用いられるが、荷物車や郵便車、事業用車両の中にも電車の分類に含まれるものがあり、また貨物電車も少数ながら存在する。日本の旅客輸送では、電化区間では新幹線を始め、都市周辺の通勤路線や地方の在来線に至るまで電車主体の運行であり、非電化路線の気動車とともに動力分散方式が主流となっており、機関車牽引の列車は寝台列車およびイベント用などの一部の臨時列車以外には殆ど見られない。 日本では都市部の鉄道がほとんど電車で運行されているため、「鉄道」を意味する言葉として用いられることが多く、一般人の会話のみならずテレビ番組などのメディア、果ては鉄道職員の案内放送においてさえ、気動車や客車による列車を「電車」と紹介する誤用が見られる。特にメディアにおいては、貨車までも電車として紹介するケースすら見られる。 この援用で、私鉄・近距離で運行されるものに「京成電車」・「京急電車」・「湘南電車」・「名鉄電車」・「阪急電車」・「阪神電車」などのように「電車」を路線名の代わりに用いられることがある。特に関西地区では案内表示板にまで「〜電車」が用いられるほどだが、関東地区などの場合一部の看板以外ではあまり用いられない。 なお、2006年4月1日に一畑電気鉄道が鉄道事業を子会社の一畑電車に分離して、「電車」を社名に含む鉄道事業者が久々に復活した(戦前には大津電車軌道など、「電車」を社名に含む鉄道会社がいくらか存在した)。 また、国鉄〜JRの、主に大都市近郊で、主要駅のみに停車し比較的中・長距離を走るものを「列車」、短距離を走り各駅に停車する物を「電車」と呼んで区別することがある。前者はかつて機関車牽引列車のみであった一方で、後者は比較的早い時期から電車により運転されたことの名残であるが、現在はどちらも旅客列車は電車で運転されることがほとんどである。 一方、地方では国鉄〜JRを「汽車」・「列車」と呼び、私鉄や路面電車を「電車」として区分することもある。地方においては営業距離の短い私鉄の方が電車の導入が早かったことに起因しているが、特に後者には気軽に乗れるものを指す意味が含まれているとされる。東北や北海道などでは国鉄線の列車本数が少ないこともあり、日常的に「電車」を含めた列車全体が「汽車」と呼ばれていた。テレビメディアの影響で「電車」と呼ばれる機会も増えてきたものの、現在のところ「列車」「(単に)JR」という呼称が一般的である。またJRによる通勤・通学を「汽車通」と呼ぶなど、「汽車」も根強く残る。 国鉄が運行していた都市部の「電車線」の列車は、古くは鉄道院時代の「院電」、鉄道省時代の「省電」を経て、「国電」の通称で親しまれており、昭和30年代頃までは、中・長距離用の「列車線」に比べ、運転本数が多く便利なことから「便電」、また、職員を中心に「国鉄においても下駄のように気軽に乗れる」ことから「下駄電」の愛称も用いられていた。 [編集] 外国 [編集] 台湾 台湾はその地形や線路規格が日本の在来線と近似していることもあり、普通列車から特急列車まで電車が幅広く使われている。なお、最新型車両はJR九州885系電車をベースに日立製作所で製造されるなど日本の鉄道との関係も親密である。 [編集] 東南アジア 東南アジア諸国は、主要幹線が非電化のところも多いため、電車比率は少ない。国鉄の都市近郊線も電化されていないところも少なくない。インドネシアのジャカルタ近郊路線であるジャボタベックは電化されており、日本と同じ1067mmゲージであったことから、日本から中古の電車(JRの103系や東急8000系電車など)が売却されて使われている。地下鉄や都市鉄道は、タイのバンコク、マレーシアのクアラルンプール、シンガポールなどにあり、電車が使われている。 [編集] ヨーロッパ 欧州大陸各国の国鉄は、長らく長距離列車や主要路線の列車は客車主体であったことから、電車の採用例は少なかった。大都市近郊輸送では、パリ・ベルリンなどの大都市では日本同様の国鉄近郊電車網が構築されていたが、長距離・中距離輸送では客車列車または気動車が主体であった。いくつかの国鉄では日本と同様に電車などの動力分散方式主体の鉄道が見られる。勾配や急カーブの多い路線を有するということで共通するイタリア国鉄では、高名なETR300形セッテベロや、ペンドリーノなど電車特急が多く見られる。国土が狭く路線の大半が電化されているベネルクスの鉄道(特に、NSオランダ鉄道、SNCB/NMBSベルギー国鉄)は、電車によるインターシティー網が国土中に張り巡らされており、JR九州や近鉄の特急電車網に近い姿である。ドイツやフランスでは、長らく中距離列車・地方都市圏の近郊列車では客車と機関車で固定編成を組んだプッシュプルトレインが主流であったが、近年はこういった列車でも急速に電車が増加している。こういった路線は、地方線向けの新型電車(中にはLRTのような電車もある)や大都市圏で使われた中古の通勤電車の転用が多い。 都市鉄道では、ホームの有効長に限りがあり高加速が必要な地下鉄、都市中心部の中量輸送手段であるピープルムーバー、近年急速に導入が進むLRTなどの例がある。LRTに関してはヨーロッパのメーカーが低床の技術に長けていることから、日本でもヨーロッパ製のLRVを購入している事業者が多い。 イギリスの電化区間においては、Heathrow Express をはじめとした短?中距離輸送において電車が積極的に用いられている。第三常軌を用いながら160km/hにも及ぶ高速運転を行うのもイギリスの電車の特徴である。 高速鉄道においては、ICEやTGVをはじめとした動力集中式が主流であったものの、ドイツでは近年の高速鉄道網拡大においては建設コストを低減するために急勾配の路線を採用する箇所があり、そのような線区ではICE3などの動力分散式車両を用いている。一方フランスでは高速試験に使用されたV150編成において機関車方式でありながら中間車にもモーターを搭載する準動力分散式を採用している。欧州では今後の高速化・路線網の拡大につれて動力分散式の高速電車が普及していくと思われる。 [編集] アメリカ 現在のアムトラックの列車にあたる通常鉄道(ヘビーレール)の分野では、ニューヨーク・シカゴなどの大都市近郊輸送を除いて電車列車が使われてきたケースは極めて少ない(それ以前に、電化区間そのものが少ない)。西海岸の主要都市が集まるカリフォルニアでも、近郊列車はディーゼル機関車牽引の客車列車である。電化区間であるニューヨーク〜ワシントンDC間を走る特急メトロライナーは、登場時日本の新幹線同様の200km/h対応の電車列車であったが、故障が頻発したために程なく電気機関車牽引列車に置き換えられた。過去から現在に至るまで、アメリカのヘビーレールにおいては電車は主要な役割を担うことはなかったのである。 アメリカの電車で特筆すべきは、インターアーバン(都市間電気鉄道)の存在である。これは20世紀初頭のアメリカの至る所で敷設された高速運転を特徴とする都市間電気鉄道群である。インターアーバンは通常鉄道(ヘビーレール)とは独立した存在であり、アメリカの電車はこのインターアーバンで発達した。1930年代以降の急激なモータリゼーションの発展により、インターアーバンは激減し、アメリカでは現在わずか2本しか路線が残っていない。インターアーバンは現在のアメリカの鉄道界からはほぼ消え去った存在であるが、草創期の日本の電気鉄道の手本となった存在であり、また戦前までの日本の電車の多くはアメリカのインターアーバンで採用された技術を用いており、歴史上極めて重要な存在である。 地下鉄や路面電車/LRTの分野ではもちろん電車が主力である。LRTに関しては、インターアーバン激減期からあまりにも製造が途絶えたためにアメリカの電車製造技術が大幅に停滞したので、日本やドイツの技術を用いて作られた電車も多い。 [編集] 中南米 中南米では、旅客鉄道は衰退傾向にあり、国鉄ではあまり電車は使われていない。各国の首都など人口規模の多い大都市が多いため、中南米には地下鉄が多い。フランス製のゴムタイヤ地下鉄の採用例が多い。アルゼンチンのブエノスアイレスの地下鉄は、日本の地下鉄と同じ規格であったことから、営団地下鉄(現東京メトロ)丸ノ内線や名古屋市営地下鉄の中古電車が輸出されて使われている。 [編集] 「EC」と「EMU」 ケルン中央駅に並ぶ ICE 3(左)とタリス 2 ロシアの新旧EMU ER2K(左)とER2 チューリッヒのSバーン電車は、2通りの英訳がなされる。 Electric Car 略称:EC Electric Multiple-Unit 略称:EMU 「Electric Car」は、通常、路面電車等で用いられる単行、もしくは2、3両程度の、軽便な軌道用の車両を指す。しかし、日本ではその導入の由来、発展の経緯から、すべての電車を「Electric Car」としている。 一方、「Electric Multiple-Unit」は、主にヨーロッパ圏で使用される言葉であり、「Multiple-Unit」には、動力分散方式という意味がある。しかし、TGVとその派生車両や、ICE 1、2のように、無動力の客車を編成両端の、ほとんど機関車とも言える動力車ではさんだものや、逆にオランダ国鉄のように、客車列車の一端の電気機関車に若干の客席を設けたものなど、日本での分類には当てはまらない形態も多い。TGVやICE 1、2の中間車は、通常の機関車による牽引・推進運転には対応しておらず、必ず専用の動力車と固定編成が組まれるが、日本では通常、この形態を「電気機関車+客車」の、動力集中方式として認識される場合が多い。 また、新幹線用電車は「Trunc line Electric Car」(略称:TEC)であり、このことからも、日本式の「電車」は「EC」であり、「EMU」と混同するのは好ましくない。 [編集] 構造 ※ここでは、電車すべてに共通的な内容についてのみ述べる。下記「電車の分類」の項で掲載されている各記事も参照されたい。 [編集] 動力 線路上空に設けられた架線、または線路脇に設けられた第三軌条に接した集電装置(架線の場合は大半がパンタグラフで、ごくまれにトロリーポールまたはビューゲル、第三軌条方式の場合は集電靴)から、また、蓄電池式のものは蓄電池から電流を車両内の回路へと取り入れる。取り入れられた電流はまず断流器を通り、制御系(後述)の各機器へと流れる。交直流型電車で交流電流を使用する場合は、制御系を通る前に変圧器で特別高圧から高圧に電圧降下された後、整流器を通り、交流を直流に整流する。交流型電車では、タップ式制御やサイリスタ位相制御など、降圧・整流の機構が制御系と一体化している場合もある。 続いて制御系の各機器を通った上で駆動系へと電流が流れる。流れた電流により、動力台車に設置されている主電動機を駆動することにより、電車が走行する。古くから用いられている一般的な電動機は、回転運動を歯車により車軸へ伝達し、車軸が回転することにより走行するが、リニアモーターを用いた電車の場合は、動力台車内の可動電磁石と線路上の固定電磁石(リアクションプレート)を使い、直線運動を起こさせることにより走行する。 [編集] 制御 複数車両が連結された場合でも、通常は総括制御である。すなわち、先頭車の運転席に設けられたマスター・コントローラー(マスコン)を操作することにより、2両目以降の車両にも電気信号によって指令が送られ、編成中のすべての車両の電動機の駆動や電気ブレーキが可能となる。ただし、直接制御方式の場合は、総括制御を行わず、2両目以降の車両にも運転士が乗り、先頭車の運転士からの指示に従い、協調運転を行う必要がある(車両間に高圧線を引き通し、総括制御を行った例もある)。 電気信号は、車両の連結面の下部に設けられているジャンパ線や連結器下部に備わる電気連結器(電連)を介して送られる。 [編集] ブレーキ 日本の鉄道車両では、法規上、2系統以上のブレーキを装備することが義務付けられているため、電車には、他の鉄道車両でも一般的な、留置用の機械ブレーキと、制動用の空気ブレーキが必ず備えられているのが普通である。しかし、超低床電車の一部では、圧縮空気を利用した機構を一切用いないエアレス式のものがあり、その場合は電気ブレーキのみを常用して停車直前に機械式ブレーキを用いる(他に、例外的なものとして、動態保存された明治期の電車が手動の機械式ブレーキを常用している)。 電車の空気ブレーキは、単行電車では直通ブレーキ、連結運転が行われるようになると自動ブレーキが用いられるようになる。いわゆる高性能電車・新性能電車では電磁直通ブレーキが一般化し(日本では1950年代から)、その後電気指令式ブレーキに移行した。現役車両では主に後2者が用いられている。現在では、これらの常用ブレーキのほか、常用ブレーキの異常に備え、別系統の空気ブレーキである、直通予備ブレーキが設置されている。これは事業者によっては保安ブレーキなどの名称で呼ぶ場合がある。 そのほかに、走行用電動機を利用した電気ブレーキを持つものが多く、電動機の発生電流を車上の抵抗器で熱に換える「発電ブレーキ」と、架線や第三軌条に返す「電力回生ブレーキ」に大別できる。このほかの電気ブレーキには、電磁誘導を利用した「渦電流ブレーキ」、電磁石をレールに吸い付ける「電磁吸着ブレーキ」などがある。 [編集] 動力以外の電源 制御系機器の電源として、また室内灯や冷暖房などのサービス電源用として、架線から取り入れた電力により電動発電機または静止形インバータ装置を作動させる。 [編集] 長所・短所 機関車が客車を牽引する列車の方式(動力集中方式)に比較して、以下のような特徴が挙げられる。 [編集] 主な長所 動輪など走行装置を多数分散させていることからのメリット。 重量あたりの牽引力を大きくでき、加速性能が良い。 MT比にもよるが、両数の増減による編成としての出力特性の変化が少ない。 一部の電動車が故障しても、運転が続けられるため冗長性が高い。 車両の重量も分散するため、線路に掛かる軸重が抑えられ、線路敷設や保線のメンテナンスコストが低い(新幹線が欧米の主流である機関車牽引の客車方式ではなく、電車方式で計画されたのは島秀雄がこの点を推したためといわれている)。 電動機を制動用発電機として使えるため、ブレーキシューやパッドの交換周期が延長でき、ブレーキダストも低減できる。また、回生ブレーキとすることで、運動エネルギーの一部を回収できるため省エネ効果が高い。 自走でき、始発駅や終着駅で方向転換(折り返し)の際に機回しが不要なため、運行効率が高い。 [編集] 主な短所 動力を客車の床下に搭載しているため騒音や振動が客車に比べ多い。 機器類の分散配置は、特に長大編成の場合、動力集中方式に比してイニシャルコスト、メンテナンスコスト共に大幅に増大する。 車両ごとに役割と搭載機器が決められたユニット方式の場合、需要に応じての増車、減車が難しい。 現役の電車の空気ブレーキは、ほとんどが電気指令式か電磁直通ブレーキであるが、両者が混在する場合には読み替え装置が必要となる。また、電車以外では現在も一般的な自動空気ブレーキの鉄道車両と電車(203系以前の国鉄型電車などを除く)とを連結する際も、読み替え装置を用いるか電車側に自動ブレーキ機器を仮設する必要がある。 ブレーキ系以外に、制御回路やサービス系機器の引き通し線の規格が違っていると相互の連結が出来ないので、営業列車の分割・併合を頻繁に行なう事業者では、異系列の電車の間でこれらの規格を統一するか読み替え装置を搭載しておかないと、車両運用に大きな制約を受ける。 [編集] 電車の分類 サービス形態による分類 旅客列車を参照 備えている機能によるもの 制御車 電動車 制御電動車 付随車 事業形態による特別な区分 新幹線 路面電車(市電) LRT(ライトレール、Light Rail Transit) 新交通システム車両 モノレール車両 駆動系による分類 釣掛駆動車 カルダン駆動車 リニアモーター駆動 磁気浮上式(ジェイアール式マグレブ、HSST) 鉄輪式(ミニ地下鉄、リニアメトロ) 制御系による分類 抵抗制御車 チョッパ制御車 電機子チョッパ制御車 界磁チョッパ制御車 サイリスタ位相制御車 界磁添加励磁制御車 VVVFインバータ制御車 電源による分類 直流型電車 交流型電車 交直流電車 その他 寝台特急 寝台急行 [編集] 関連項目 電車の前面を構成するものの例。 A 通過標識灯 B 行先表示器 C ワイパー D 車両番号表記 E 前照灯 F 尾灯 G アンチクライマー H 連結器 I 電気連結器 K 排障器 L 非常口ウィキメディア・コモンズには、電車に関連するカテゴリがあります。機関車 客車 貨車 鉄道の電化 遮光幕 前照灯 尾灯 ドラムスイッチ 電車唱歌 電車男 電車でGO! 仮面ライダー電王 寝台列車 電車線・列車線